2011年10月28日

マドンナ山内先生

商工会議所女性会で作ったかりゆしウエア(ユニフォーム)
のお支払いにマドンナさんにお邪魔しました。
遅くなってすみません!!

与儀のほど近く、とっても素敵なビルで中に入るといい香りがして、
ヨーカンのドレスもたくさんあって優雅な感じです。素晴らしい!!
運よく先生にお時間があったのでゆっくりお話しできるならと
先生のデザイナーになるまでのお話を聞かせていただきました。

その前にびっくりニュース!

あの「世界のシャネル」がマドンナさんが企画した
さんごの粉を練りこんだ素材のジーンズを今度のコレクションで取り入れるとのこと。

楽しみですね~♪赤

山内先生は国頭に生まれ、小学校3年の時に、とてもおしゃれで素敵な学校の先生が
カタカタとミシンをされて自分の服を作られていました。それがとても珍しく
とっても憧れて、いつも先生の横にたって眺めていたら、「あなたもやってみる?」
と声をかけてもらい、教えてもらえたそうです。

小学校5年で家庭科が始まりますが、素材がなくて、メリケン袋とか、お古を縫い直したり
とにかく田舎で素材を探すのが大変だったそうです。でも、田舎だからこそファッションへのあこがれも
強かったのでは?とおっしゃってました。

当時、那覇にいた叔父叔母が米軍で働いていて、バンドのボーカルなどの衣装がたくさんアメリカから
送られてくるけど、リメイクしてみないか?と言われ、バイトになるからとステージ衣装を作ったら、
一回で合格して、これがバイトになり、原型の勉強を作りながら実践でして、かなりの事ができるようになりました。

今では計らなくてもその人を見ただけでサイズなどわかります。
(目寸法というのだそうです。職人技ですね。)

その後、那覇の洋裁学校に入学した時には殆どの事は出来ていましたが
やはり基礎の理論の勉強をしたくて、学生になりました。
みんなが3年でやるところを一年でマスターして、あとはフラワーデザインなど勉強していました。

目標はブライダル。
アメリカの分厚いカタログを見てはその中にある洋服や雑貨、
日本では見ない、アメリカの生活の香りに憧れていました。
そしてその頃ブライダルセンターを作るのが夢でした。

もうずっとファッションの仕事ですがこの商品を広めたいのと
沖縄の離島の上布を世界に発信するために
今まで十八回、ハワイからロスまで海外でファッションショーをしてきました。

着物から洋服に文化をつなぎたい。
その為の服地を開発しています。
反響は大きいですよ。

とにかく、目標と添い遂げること。
途中でやめたり、いろいろ転々としたり、しない方がいいですね。
マドンナ山内先生

お忙しい中小一時間ぐらいお話伺いました。
とても感動しました。これを天職。使命というのでしょう。
小学校3年で巡り合ったのは本当にすごいです。
ちなみに緑の髪はやはりラッキーカラーでした。

かっこいいです。
私もあと何年か後
こんな風に余裕で自分を語れる女性になりたいです。

今日も勉強になりました。
モイスティーヌの事も少し聞いていただいて、二男のお嫁さんを紹介くださいました。
美人ぞろいでびっくりです。

やっぱり、人も服もインテリアも
きれいは気持ちいいですね~。



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Posted by アイ子(CHYMNOI) at 17:21│Comments(0)人の輪を広げよう
 
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